東京高等裁判所 平成7年(う)1081号 判決 1996年5月13日
主文
被告人甲野太郎に関する本件各控訴を棄却する。
原判決中、被告人乙川二郎に関する部分を破棄する。
被告人乙川二郎を懲役八月に処する。
被告人乙川二郎に対し、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用のうち、証人吉村一義及び同Cに各支給した分並びに証人石井仁に支給した分の三分の一は、被告人乙川二郎の負担とする。
理由
被告人甲野の控訴の趣意は弁護人淺井洋、同今井三義、同斎藤輝夫連名の控訴趣意書及び平成七年一二月六日付け同補充書並びに弁護人淺井洋作成の平成八年一月一七日付け同補充書に、これに対する答弁は検察官横田尤孝作成の答弁書に、検察官の被告人両名に対する各控訴の趣意は検察官甲斐中辰夫作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、被告人甲野の関係では弁護人淺井洋、同今井三義、同斎藤輝夫連名の平成七年一二月六日付け控訴趣意書補充書に、被告人乙川の関係では弁護人嶋倉戝夫、同本間通義、同橋元祐之、同守屋宏一連名の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
第一 被告人甲野の控訴趣意について
所論は、要するに、原判決は、被告人甲野に出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律(以下「出資法」という。)三条の融資の媒介の罪が成立するとして、被告人甲野を有罪としたが、被告人甲野の本件各融資の媒介は、同条に定める「その地位を利用し」(以下「地位利用」という。)の要件にも、「自己又は当該金融機関以外の第三者の利益を図るため」(以下「図利目的」という。)の要件にも当たらず、また、被告人甲野には故意はなく、一部の事実は融資の媒介にも当たらないから、被告人甲野は無罪である、原判決は、事実を誤認し、出資法三条の解釈適用を誤ったものであって、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討し、以下、所論に即して、当裁判所の判断を示すこととする。
一 被告人甲野の本件各融資の媒介は地位利用の要件に当たらないとの主張について
1 所論は、おおむね次のとおり主張する。
原判決は、出資法三条違反の罪における地位利用の要件は、(1)金融機関の役職員であるが故に有する有利な立場を利用し、(2)金融機関の業務の遂行としてではなく、自己の行為(サイドビジネス)として融資の媒介等を行うことを意味するものと解されるとし、さらに、(2)の点を判断するためには、ア融資の媒介が抽象的に銀行の業務に含まれるかどうか、イ当該役職員が融資の媒介を行う権限を与えられていたか否か、ウ当該役職員が銀行のためにする意思でその権限を行使したといえるのか否か、の三点にわたる検討が必要であるとした上で、被告人甲野の本件各融資の媒介は銀行の業務に含まれ、また、住友銀行の支店長であった被告人甲野に本件各融資の媒介を行う権限があったとしたが、被告人甲野の本件各融資の媒介は、銀行の公共的性格に照らし、およそ銀行の業務として是認し得ない行為(業務性を疑うべき行為)であり、銀行のためにする意思でその権限を行使したとはいえないとして、被告人甲野の本件各融資の媒介は地位利用の要件を充足するものであるとした。原判決の右ア及びイの判断基準の設定及び判断は正当である。しかし、ウの判断基準の設定及び判断は誤りである。すなわち、融資の媒介が抽象的に支店長の職務の範囲内に属する以上、職務上明確に禁止されている場合以外は、サイドビジネスではなく、銀行の業務として行ったものと解すべきである。銀行の業務か否かの判断基準に、銀行のためにする意思などという、当該役職員の主観的意思などを持ち込むべきではない。原判決は、銀行の業務性の判断基準に、主観的要件ないし是認できるか否かというようなあいまいな基準を持ち込むものであって、誤りである。仮に、原判決が設定した判断基準によるとしても、被告人甲野は、顧客に利益をもたらすことによって顧客をつなぎとめ、銀行の収益を図るために、本件各融資の媒介を行ったものである。銀行の業務の範囲は拡大してきており、また、現実に、銀行は、公共的性格を有する銀行としては是認し得ない融資も行っており、是認し得ない行為であるからといって業務ではないとすることはできない。
2 そこで、判断するに、確かに、原判決は、地位利用の要件を判断するについて、当該役職員が銀行のためにする意思でその権限を行使したかどうかという基準を設定した上、融資の媒介が事実行為であることから、この判断に当たり、融資の媒介に及んだ動機・目的をも考慮に入れているが、図利目的の要件等との関係からしても、地位利用の要件の判断にこのような主観的要素を持ち込むことには疑問があるというべきであり、相当ではないと考えられる。しかしながら、被告人甲野の本件各融資の媒介は、原判決が詳細に認定するとおり、住友銀行青葉台支店又は大塚支店の顧客であるCらが、ノンバンク等から借入れをした上で、いわゆる仕手筋と目されるA又はBが支配する会社に、仕手株等を八割ないし一〇割という高い掛目で担保にするか、又は無担保で、一〇億円ないし五〇億円という巨額の資金を融資する、その媒介をしたというものであって、銀行の持つ公共的性格からしても到底許容されるものでないことは明らかであり、仮に、融資の媒介が一般的にもしくは銀行法上は銀行の業務に含まれるものであるとしても、また、被告人甲野に住友銀行の支店長として融資の媒介を行う権限があったとしても、本件のような融資の媒介は、少なくとも出資法の関係では、銀行の業務であるとか、あるいは銀行の業務遂行であるとかといい得るものではないことは明らかであるというべきである。したがって、被告人甲野の本件各融資の媒介は地位利用の要件を充足することは明らかであり、これと結論を同じくする原判決の判断は正当であって誤りがあるとは認められない。所論は、前示のとおり、被告人甲野の本件各融資の媒介は、職務上明確に禁止されておらず、明確な禁止規定がない以上職務行為であるというべきである、また、被告人甲野は、顧客をつなぎとめ、銀行の収益を図るために、銀行の業務として本件各融資の媒介を行ったものである、銀行の業務は昭和六〇年代に入ってから急速に変質してきており、現実にも、銀行は、公共的性格を有する銀行としては是認し得ない融資を行っている、是認し得ない行為であるからといって業務ではないとすることはできない、などとるる主張するが、明確な禁止規定がない以上は職務行為であるとする所論が首肯し得るものでないことは明らかであり、また、仮に、銀行が現実に行っている融資に問題のあるものがあるとしても、これが被告人甲野の本件融資の媒介についての地位利用の要件に関する前示の判断を左右するものとは認められない。したがって、この点についての所論は採用することができない。
二 被告人甲野の本件各融資の媒介は図利目的の要件に当たらないとの主張について
1 所論は、原判決は、被告人甲野の本件各融資の媒介は図利目的の要件を充足するものであるとしたが、被告人甲野は、顧客に利益をもたらすことにより、支店に顧客をつなぎとめ、本人である銀行の収益を図ることを主たる目的として、本件各融資の媒介を行ったものである、銀行の業務は昭和六〇年代に入ってから急速に変質してきており、また、本件当時、住友銀行には、収益日本一を目指す、収益目標必達主義、計数至上主義の厳しい経営方針があり、被告人甲野は、このような経営方針の下で、忠実に、必死の努力をしていたのである、被告人甲野は本人である銀行の利益を図るために本件各融資の媒介を行ったものであり、被告人甲野に自己の利益を図る目的、あるいはA、Bら第三者の利益を図る目的があったとしても、それは従たるものにすぎなかった、と主張する。
2 しかしながら、この点については、原判決が詳細に認定説示するとおりであり、関係証拠によれば、被告人甲野に、A又はBから仕手株情報を得るという目的、及びそのためにA側又はB側の利益を図るという目的があったことは優に認められ、また、将来A側又はB側から謝礼を得ることを期待して融資の媒介を行ったものもあることが認められるのであって、被告人甲野の本件各融資の媒介は、これが主たる動機・目的となって行われたものであることは明らかであり、仮に、被告人甲野に銀行の収益を図る目的も併存したとしても、それは副次的なものであって、主たる動機・目的であったなどと到底いい得るものでないことは明らかである。したがって、この点についても、所論は採用することができない。
三 被告人甲野の故意の不存在等の主張について
1 所論は、(1)住友銀行は光進に巨額の資金を融資していたのであり、被告人甲野には本件各融資の媒介が銀行の業務として禁止されているとの認識はなかった、このことは、本件各融資の媒介の効果が銀行の帳簿に記載され銀行に帰属していること、あるいは被告人甲野が本件各融資の媒介を部下や本部に隠すようなことはしていないことからも明らかであり、被告人甲野には故意はなかった、(2)原判示第一の一及び二のCらと光進との間の各契約は、いずれも株式の相対売買であって、金銭消費貸借ではない、被告人甲野は融資の媒介をしておらず、出資法三条に該当しない、(3)原判示第一の三のDから光進への融資の媒介については、当初からDに光進への融資をさせるために住友銀行やオリックスから融資を受けさせたものではない、当初は、青葉台支店の個人預金増加目標及び消費者ローン取組目標を達成するため、以前から株取引に関心を持っていたDに株取引を勧めて融資を受けさせたのであり、当時Dが株取引で十分利益を上げることができなかったので、Dに借入金の金利より少しでも高い金利を得させるために、光進への融資の媒介をしたものである、と主張する。
2 しかしながら、まず、(1)の点については、関係証拠によれば、確かに、本件の融資の媒介によりノンバンクから得た協力預金については、帳簿に記載され、その効果は銀行に帰属していること、融資の媒介が部下らに秘匿されるというものではなかったことがうかがわれるが、被告人甲野において、本件各融資の媒介が銀行の業務として問題がないなどと認識していたものでないことは、被告人甲野が被告人乙川との応接において、当初は個人的なルートであるとして、被告人乙川からの株情報等の開示の求めにも取り合おうとしなかったこと、その後被告人乙川にこれを話す際にもあまり勧められる話ではない旨述べていること等の事実が認められることからしても、明らかであるというべきであり、被告人甲野に故意がなかったなどというものでないことは明らかである。もとより、帳簿に記載され、あるいは部下らに秘匿されるものでなかった等の事情が右認定を左右するものとは認められない。また、(2)及び(3)の点については、原判決が適切に認定説示するとおりであり、関係証拠によれば、原判示第一の一及び二のCらと光進との間の各契約はいずれも金銭消費貸借であって、株式はこれに伴う譲渡担保の実質を有するものであること、被告人甲野のこれらに関する行為が融資の媒介に当たるものであること、また、原判示第一の三のDから光進への融資は、被告人甲野がAから融資の媒介の依頼を受けて行われたものであり、Dから光進への融資の実行が遅れたのは原判示のような事情からであったことは明らかであるというべきである。したがって、所論は採用することができない。
以上のとおりであるから、原判決に所論指摘の事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りがあるとは認められない。
論旨は理由がない。
第二 検察官の控訴趣意について
所論は、要するに、原判決は、被告人乙川について、原判示第四の一ないし四の各融資の媒介の事実は認められるとしながら、図利目的の要件が認められないとして無罪を言い渡し、また、被告人甲野について、いずれも出資法三条に違反するとしながら、被告人乙川の関係する原判示第四の一ないし四の各事実については、被告人乙川との共謀は認められないとして、被告人甲野の単独犯であるとしたが、被告人乙川の本件各融資の媒介については図利目的の要件は十分認められ、これを否定する原判決は出資法三条の解釈適用を誤り、ひいては事実を誤認したものであり、また、被告人甲野について被告人乙川との共謀は十分認められ、これを否定する原判決は事実を誤認したものであって、これらが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討し、以下、所論に即して、当裁判所の判断を示すこととする。
一 被告人乙川の本件各融資の媒介についての地位利用の要件に関する主張について
1 所論は、おおむね次のとおり主張する。
原判決は、被告人乙川の本件各融資の媒介について、地位利用の要件に関する判断を回避しているが、地位利用の要件に関わる事実は図利目的の要件についての判断の基底となる事実であることからも、被告人乙川についてもこの点についての検討は必要であった。原判決は、被告人甲野の本件各融資の媒介について地位利用の要件を検討する中で、金融機関の業務として行われたか、自己の行為(サイドビジネス)として行われたかを判断するためには、ア融資の媒介が抽象的に銀行の業務に含まれるかどうか、イ当該役職員が融資の媒介を行う権限を与えられていたか否か、ウ当該役職員が銀行のためにする意思でその権限を行使したといえるのか否か、の三点にわたる検討が必要であるとしているが、的確な指摘であるといえる。しかし、(1)融資の媒介が銀行の業務であるとする明文の規定はないところ、原判決は、本件のような金融機関以外の私人間の融資の媒介をも含めて、「融資の媒介は、銀行法一〇条二項柱書の付随業務に含まれ、抽象的に銀行の業務に含まれると解するのが相当である。」とするが、付随業務は固有業務との関連性ないし親近性が必要であるところ、預金等の受入れ及び自己の計算による資金の貸付けという資金の流れを省略し、私人間の融資を媒介する行為は、およそ銀行業務とかけ離れた行為であって、質的に銀行の固有業務との関連性ないし親近性があるとは到底いえず、銀行の付随業務と解する余地はないというべきである。また、(2)原判決は住友銀行の支店長に本件各融資の媒介を行う具体的権限があったとするが、住友銀行では行員が私人である顧客に対して第三者に融資の媒介をすることを禁止しており、被告人乙川には本件各融資の媒介を行う具体的権限はなかった。(3)原判決は、被告人甲野の本件各融資の媒介は「業務性を疑うべき行為」であり、「銀行のためにする意思」は認められないとしているが、被告人乙川についても、被告人甲野と同様、本件各融資の媒介に「銀行のためにする意思」が認められないことは明らかである。したがって、いずれの観点からしても、被告人乙川の本件各融資の媒介が地位利用の要件を充足することは明らかである。
2 そこで、判断するに、まず、(1)の点については、確かに、融資の媒介が銀行業務であるとする明文の規定はないが、銀行業務の範囲の拡大ないしその実態等を云々するまでもなく、融資の媒介は銀行の伝統的な固有業務である資金の貸付けと密接に関係する業務であることは明らかであること、融資の媒介は、通常は預金等の受入れ及び資金の貸付けという資金の流れに伴うものであると考えられるが、そのような資金の流れを伴わない融資の媒介がおよそ銀行業務とはかけ離れた行為であるというべきものとは考えられないこと、私人間の融資の媒介は付随業務ではなく、所論のいう融資の媒介は付随業務であるとする、その基準自体も必ずしも合理的で明確であるとはいえないこと等からすると、一般的に私人間の融資の媒介は銀行業務であるとはいえないとする、所論は採用し難いというべきであり、私人間の融資の媒介を含めて、融資の媒介は抽象的には付随業務として銀行の業務に含まれるとする原判決の判断は是認し得るものと考えられる。また、(2)の点についても、確かに、原審における住友銀行の関係者の証言には、所論のとおりのものがあるが、被告人らの具体的事実を前にして、支店長には本件のような融資の媒介をする権限はなかったとするものであるとも認められ、一般的に住友銀行の支店長には私人間の融資の媒介をする権限はないとまでいうものではないというべきである。したがって、住友銀行の支店長には私人間の融資の媒介をする具体的権限はなかったとする所論も採用し得るものではない。
しかしながら、被告人乙川についても、本件各融資の媒介は、住友銀行青葉台支店の顧客であるCら四名が、ノンバンク等から借入れをした上で、いわゆる仕手筋と目される会社(被告人乙川が融資先の東成商事がBの支配する会社であると認識していたかどうかについては証拠上必ずしも明確ではないが、後に述べるとおり、被告人乙川は、被告人甲野から、全体で六〇〇〇億円から七〇〇〇億円の金を動かして株取引をしているグループが資金を必要としている、年二割の金利で借りたいと言っている、最低のロットは五〇億円であるなどと聞かされて、本件各融資の媒介をしたのであり、被告人乙川において、東成商事がいわゆる仕手筋の関係する会社であることを認識していたことは明らかである。)に、仕手株等を一〇割という高い掛目で担保にして、各自が五〇億円もの巨額の資金を融資する媒介をしたというものであり、被告人甲野の関係で述べたと同様、仮に、融資の媒介が抽象的には銀行の業務に含まれるものであるとしても、また、被告人乙川に住友銀行の支店長として融資の媒介を行う権限があったとしても、本件のような融資の媒介は、銀行の持つ公共的性格に照らして到底許容されるものではなく、これが銀行の業務であるとか、あるいは銀行の業務遂行であるとかとはいい得るものではないことは明らかであるというべきである。したがって、所論の(3)の点について判断するまでもなく(なお、被告人甲野の関係で説明したように、地位利用の要件の判断に主観的要素を持ち込むことは相当ではない。)、被告人乙川の本件各融資の媒介が地位利用の要件を充足するものであることは明らかであり、所論はその結論において是認し得るものというべきである。
二 被告人乙川の本件各融資の媒介は図利目的の要件を充足するとの主張について
1 所論は、おおむね次のとおり主張する。
原判決は、(1)被告人乙川が本件各融資の媒介を行った動機・目的は住友銀行青葉台支店の基盤顧客であるCら四名の支店離れを防ぐことにあったのであり、被告人乙川に自己の利益を図る目的(自利目的)は認められない、(2)金融機関以外の第三者の利益を図る目的(他利目的)があったというためには、金融機関以外の第三者が利益を得ることを単に認識・認容しているだけでは足りず、これに加えて、当該金融機関以外の第三者に利益を得させることの動機・目的(意欲ないし積極的認容)が必要である、被告人乙川には東成商事又はその関係者が利益を得ることの認識・認容はあったが、東成商事等に利益を得させることの動機・目的(意欲ないし積極的認容)はないか、あるいは仮にあったとしても、それは青葉台支店の利益を図る目的に随伴する微小なものにすぎなかった、したがって、被告人乙川の本件各融資の媒介は図利目的の要件を充足するものではない、とした。しかしながら、(1)被告人乙川が本件各融資の媒介を行った主たる動機・目的は、青葉台支店における個人流動性預金が急激に減少し、支店の業績が悪化したことから、支店長として、業績不振の責任を問われかねないことを苦慮し、これを回避するために、あえて本件各融資の媒介を行い、これによって巨額の流動性預金を獲得しようとしたものであり、被告人乙川に自らの地位を保全するという自利目的があったことは明らかである。仮に、被告人乙川にCら青葉台支店の大口顧客の支店離れを防ぐとの意思があったとしても、それは、自利目的に付随して間接的に認められるにとどまるものであり、主たる動機・目的ではない。また、(2)当該金融機関以外の第三者の利益を図る目的(他利目的)があったというためには、意欲ないし積極的認容までを必要とするものではなく、第三者が利益を得ることを認識・認容していることで足りると解される。被告人乙川が、本件各融資の媒介により東成商事又はその関係者が通常の金融の利益以上の破格の利益を得ることを認識し、かつ、これを認容していたことは原判決も認めるところであり、関係証拠からも明らかである。また、関係証拠によれば、被告人乙川は、貸主であるCらに高額の金利を利息天引きで得るという大きな利益を与えようとしたものであり、被告人乙川に他利目的があったことは明らかである。原判決は、出資法三条の解釈適用を誤るものであるか、あるいは証拠の取捨選択ないし評価を誤り、事実を誤認するものである。
2 そこで、判断するに、まず、被告人乙川の本件各融資の媒介が行われるに至った経緯は、関係証拠によれば、おおよそ次のとおりであると認められる。
(1) 被告人乙川は、昭和四七年四月に住友銀行に入行し、本店の調査第二部、融資第三部、総務部等の勤務を経た後、人形町支店に勤務し、平成元年一月に同支店副支店長になり、平成二年一月から、同期のトップで支店長となって、青葉台支店に勤務するようになったこと、(2)住友銀行では、年二度、上期と下期に分けて、支店の業績表彰が行われていたが、被告人乙川の着任時には、青葉台支店は平成元年度上期まで七期連続で業績表彰を受けており、同年度下期も業績表彰を受けたこと、(3)ところが、被告人乙川が支店長に就任した平成二年一月から同年五月に至る青葉台支店の個人流動性預金の平均残高は、就任直前の平成元年一二月には約一二五億五七〇〇万円であったものが、平成二年一月には約一一八億七〇〇万円(前月比約七億五〇〇〇万円減)に、同年二月には約一一二億五九〇〇万円(前月比約五億四八〇〇万円減)に、同年三月には約九八億五六〇〇万円(前月比約一四億三〇〇万円減)に、同年四月には約八八億六九〇〇万円(前月比約九億八七〇〇万円減)に、同年五月には約八二億二九〇〇万円(前月比約六億四〇〇〇万円減)に急激に減少したこと、その主たる要因は青葉台支店の大口顧客であるCらの個人流動性預金の残高が減少したことであったこと、(4)被告人乙川は、Cらと接触する中で、Cらから、青葉台支店の前支店長であった被告人甲野からは株情報を得ていたことをほのめかされ、これを求められることがあったので、被告人甲野に株情報の引継ぎ漏れがないかなどと尋ねたが、被告人甲野から、個人的ルートの情報であるとして、その教示を断られたこと、(5)平成二年五月初旬、被告人乙川は、再度被告人甲野にCらに教える株情報はないか尋ね、被告人甲野から一部株情報を教わり、これをCらに教えたこと、(6)さらに、同月二五日ころ、被告人乙川が被告人甲野に電話し、Cが商品取引で大きい損を出し困っているが、何かいい方法がないか相談したところ、被告人甲野から方法がないこともないと言われ、被告人乙川はその日のうちに大塚支店に被告人甲野を訪ねたこと、そして、その席で、被告人甲野から、全体で六〇〇〇億円から七〇〇〇億円の金を動かして、株取引をしているEという人物のグループが資金を必要としている、年二割の金利で借りたいと言っている。青葉台支店の顧客にノンバンクから借り入れさせ、これをEのグループに融資すると確実にもうかる、最低のロットは五〇億円である、掛目一〇割で株を担保に入れる、Eが代表取締役をする近代計画株式会社に半年間融資させてはどうかと持ち掛けられたこと、被告人乙川は、その場で、この被告人甲野の話に乗ることにし、ただ、近代計画は資産内容等に不安があるとして、融資先を別の会社にするよう被告人甲野に再考を求めたこと、(7)被告人乙川は、翌週の週明け早々に、青葉台支店の副支店長らに被告人甲野との話の内容を伝えるとともに、青葉台支店の大口顧客であるCら四名に話を持ち掛け、その結果、Cら四名が、それぞれノンバンク等から資金を借り入れ、これを東成商事に貸し付けることになり、原判示のとおり、本件各融資が実行されたこと等の事実が認められる。
右の本件各融資の媒介に至る事実の経過からすれば、被告人乙川において、自らが同期のトップを切って支店長になったにもかかわらず、支店長就任直後から青葉台支店の個人流動性預金が急激に減少し、これが支店長としての自らの成績評価に響くことを恐れて、苦慮した結果、被告人甲野の話に飛び付き、本件各融資の媒介を行ったことは明らかであるというべきである。
原判決は、青葉台支店における個人流動性預金の減少の事実は認められるとしながらも、支店の業績評価は、収益が四〇パーセント、業容拡大が二〇パーセント、取引基盤の拡充が三〇パーセント、利回り、効率の改善が一〇パーセントという基準で行われるものであり、個人流動性預金は業容拡大のうちの細目の一つであって、個人流動性預金の目標が達成できなかったからというだけで、支店の業績が悪化したとの評価を受け、業績表彰が受けられなくなるわけではない、青葉台支店では、被告人乙川の地道な努力もあって、貸金のボリューム、取引基盤の拡充、貸金利回りの改善といった面では順調に推移していた、また、不動産売買の仲介による協力預金も見込むことができる状態にあったなどのことからしても、被告人乙川が被告人甲野に相談を持ちかけた平成二年五月下旬の時点で、被告人乙川において、個人流動性預金が減少して青葉台支店の業績が悪化したことにより、支店長の責任を問われるとの危機感を抱くような状況にあったとは認められない、とする。
しかしながら、原判決もいうとおり、青葉台支店のように預金者の多くが個人顧客である住宅店では、個人流動性預金は支店の収益面で重要であること、その個人流動性預金が、青葉台支店では、被告人乙川が支店長に就任して以来、毎月大幅に減少し、その平均残高は、前示のとおり、就任前の平成元年一二月には一二五億五七〇〇万円であったものが、平成二年五月には八二億二九〇〇万円にまで、金額にして四三億二八〇〇万円、率にして三四・五パーセントも落ち込んだのであって、同期のトップを切って支店長になった被告人乙川としては、強い危機意識を持ち、かなり追い詰められた状態にあったことは十分推認し得るところであって、このことは、関係証拠によれば、それまで同期のトップを走り、かなり自負心もあったと思われる被告人乙川が、度々被告人甲野に株情報等の教示を求めていること、さらに、前示のとおり、五月二五日(金曜日)ころ、被告人甲野に電話で何か方法がないか相談したところ、被告人甲野から方法がないこともないと言われて、その日のうちに被告人甲野を訪ねて大塚支店まで出向いていること、しかも、近代計画の関係は被告人甲野に再考を求めてはいるものの、その場で被告人甲野の話に乗ることを決め、被告人乙川自身の供述するところでも、Eグループが関係する会社といった漠然としたことは分かってはいたものの、融資する会社なども未定であるのに、翌週の週明け早々に、副支店長らに被告人甲野の話を伝えるとともに、支店の顧客であるCら四名に話を持ち掛けているのであり、しかも一気に四名で合計二〇〇億円にも上る巨額の融資を実行させていること等の事実が認められることからしても、明らかであるというべきである。原判決は、当時せっぱ詰まった状態にあったとする被告人乙川の検察官調書は、これをそのまま信用することはできないとするが、当時の状況を具体的かつ明確に供述するものとして、その信用性に疑問はないというべきである。また、原判決は、被告人乙川において、ノンバンクからの協力預金により法人流動性預金の増加を図った形跡はあるが、個人顧客であるCらから流動性預金を得ることに執着していた形跡は見当たらない、とするが、関係証拠によれば、被告人乙川は、Cらにノンバンクから資金を借り受けてこれを東成商事に融資するよう働き掛けた際、株取引をさせるということで、Cらにノンバンクから五億円を上乗せして借りるよう働き掛け、これを、株購入までの間、青葉台支店に預金させるなどしていることも認められるところであり、被告人乙川に個人流動性預金の増加に執着していた形跡は見当たらないなどというものでないことも明らかである。この点についての原判決の判断は、証拠の取捨選択ないし評価を誤り、その結果事実を誤認したものというべきである
以上のとおりであって、被告人乙川の本件各融資の媒介の主たる動機・目的は、支店長就任直後から青葉台支店の個人流動性預金が急激に減少し、これが支店長としての自らの成績評価に悪く影響するのではないかとの強い危機意識から、これを回避することにあったこと、すなわち、将来の昇進を含む、自らの支店長としての地位の保全(保身)にあったことは明らかであるというべきであり、仮に、被告人乙川において、Cら青葉台支店の大口顧客の支店離れを防ぐという意図があったとしても、本件各融資の媒介が行われるに至った前示のとおりの経過からすれば、それは従たるものであったというべきである(さらに付言すれば、本件のような融資の媒介をしていては、これが発覚した際には、銀行の社会的信用を失墜させることになり、経済的にも銀行に損害をもたらすことになりかねないものであり、「銀行のため」といい得るものであるかは極めて疑問であるというべきである。)。そして、このような身分上の利益も図利目的の対象となる利益であるというべきであるから、被告人乙川の本件各融資の媒介が図利目的の要件を充足するものであることは明らかであるというべきである。
そうだとすると、被告人乙川に東成商事等の第三者の利益を図る目的(他利目的)があったかどうかなど、その余の点について判断するまでもなく、原判決の判断には法令の解釈適用の誤りないし事実誤認があるというべきであり、これが判決に影響を及ぼすものであることは明らかである。
論旨は理由がある。
三 被告人甲野に被告人乙川との共謀が認められるとの主張について
1 所論は、原判決は、原判示第四の一ないし四の各事実は被告人甲野の単独犯であると認定しているが、右は被告人乙川の本件各融資の媒介が出資法三条に該当しないということを理由とするものであり、被告人乙川の本件各融資の媒介が出資法三条に該当するものであることは明らかであり、また、被告人甲野と被告人乙川との間に共謀があったことは明らかであるから、右各事実については、被告人甲野と被告人乙川との共同正犯であると認定すべきものである、原判決は事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすものであることは明らかである、と主張する。
2 そこで、判断するに、関係証拠によれば、後にも述べるとおり、原判示第四の一ないし四の各事実について、被告人乙川に出資法三条違反の罪が成立すると認められること、また、右各事実について、被告人甲野と被告人乙川との間の共謀の事実が認められることからすると、原判決に所論指摘の事実誤認があることは明らかであるというべきである。しかしながら、関係証拠によって認められる、原判示第四の一ないし四の各事実についての本件各融資の媒介がされるに至った経緯、各犯行における被告人両名の関与の度合い等のほか、被告人甲野自身の他の犯罪事実の規模、態様等に照らすと、右各事実について単独犯から共同正犯にその認定が変わったとしても、被告人甲野の犯情への影響の点を含めて考えてみても、被告人甲野の判決に影響を及ぼすことが明らかであるとは認められない。したがって、原判決には事実誤認があるが、これが判決に影響を及ぼすものではないというべきである。
以上のとおりであるから、被告人甲野に対する控訴については、論旨は理由がない。
第三 結論
一 被告人甲野については、刑訴法三九六条により、本件各控訴を棄却する。
二 被告人乙川については、刑訴法三九七条一項、三八〇条、三八二条により、原判決中同被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条ただし書に従い被告事件につき更に判決する。
(罪となるべき事実)
次のように改めるほかは、原判決第一部の(罪となるべき事実)第四の一ないし四及び別紙一覧表番号7ないし10のとおりである。
1 第四の一行目から五行目までを次のように改める。
「被告人乙川は、平成二年一月五日から同年一〇月二日までの間、株式会社住友銀行青葉台支店の支店長として、同支店における業務全般を統轄していた者であるが、同銀行大塚支店の支店長である甲野太郎と共謀の上、有価証券の売買等を営業目的とする株式会社東成商事の実質的経営者であるBから融資の斡旋方を依頼されたことから、それぞれ支店長の地位を利用し、自己の利益を図るため、」
2 第四の一のうち、「C方」を「横浜市緑区<番地略>所在のC方」と、「F」を「同社代表取締役F」とそれぞれ改める。
3 第四の二のうち、「D方」を「D方」と改める。
4 第四の四のうち、「右青葉台支店」を「同区青葉台一丁目六番四号所在の青葉台支店」と改める。
5 別紙一覧表番号7のうち、「右同」を「株式会社東成商事」と改める。
(証拠の標目)<略>
(補足説明)
1 被告人乙川の弁護人は、被告人乙川の本件各融資の媒介は、出資法三条に定める地位利用の要件にも、また、同条に定める図利目的の要件にも当たらない、と主張する。
2 しかしながら、被告人乙川の本件各融資の媒介が、地位利用の要件を充足し、また、図利目的(自利目的)の要件を充足するものであることは、検察官の控訴趣意について判断したとおりである。
なお、被告人乙川の弁護人の主張には、(1)出資法三条は、出資法の全体の構造からも、金融機関の役職員が金利、保証料、手数料その他の名目での財産的な報酬又は利益を得る形態での金銭の貸付、保証又は金銭貸借の媒介を禁止した条文である、無報酬の金銭貸借の媒介等は出資法三条には該当しない、(2)図利目的(自利目的)の対象には身分上の利益も含まれるが、身分上の利益は「自己の不正、不当な行為の発覚を防止する」場合に限定されるのであり、「会社(本人)内における自己の地位の向上や保全」は独立の動機とは評価することができない、とするところがあるが、出資法三条の文言からしても、その対象が報酬等を伴う金銭貸借の媒介等に限定されるものとは解し難いこと、出資法三条の図利目的が認められるかどうかは、本人図利の目的と本人以外の者の図利目的とのいずれが主たる動機・目的であったかが問題であるのであり、「会社(本人)内における自己の地位の向上や保全」も、それが主たる動機・目的である以上、図利目的(自利目的)は認められるというべきであり、身分上の利益は「自己の不正、不当な行為の発覚を防止する」場合に限定されなければならないとは考えられないこと等からしても、いずれの点についても、弁護人の主張には賛同することはできない。
したがって、被告人乙川の弁護人の主張は採用することができない。
(法令の適用)
被告人乙川の判示各所為は、いずれも出資法八条一項一号、三条、平成七年法律第九一号による改正前の刑法六〇条に該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は右改正前の刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、犯情の最も重い判示一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人乙川を懲役八月に処し、情状により、同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、原審における訴訟費用中、証人吉村一義及び同Cに各支給した分並びに証人石井仁に支給した分の三分の一は、刑訴法一八一条一項本文により被告人乙川に負担させることとする。
(量刑の理由)
本件は、住友銀行青葉台支店の支店長であった被告人乙川が、同じく住友銀行の支店長であった甲野太郎と共謀の上、その地位を利用し、自己の利益を図るため、支店の顧客らから仕手筋への総額二〇〇億円に上る融資を媒介したという事案である。青葉台支店の支店長就任直後から支店の個人流動性預金が急激に減少し、これに苦慮した結果とはいえ、青葉台支店の顧客四名に、ノンバンク等から借入れをさせた上、これを仕手筋と目される会社に、仕手株等を一〇割という高い掛目で担保にして、各自が五〇億円、総額が二〇〇億円という巨額の融資をさせたものであり、これが発覚した場合には、銀行の社会的信用を失墜させ、経済的にも大きい損害をもたらしかねない、銀行の持つ公共的性格からも到底許容されるものではない行為にあえて及んだものであって、この点で強く責められるべきものがあること、しかも、現実にも、これが発覚し、銀行全体に対する社会の信頼を揺るがすなど、本件が社会に与えた影響には大きいものがあること、さらに、本件で融資をさせた支店の顧客らと銀行との間では紛議が発生していることがうかがわれること等に徴すると、本件の犯情は芳しくなく、被告人乙川の刑事責任を軽くみることはできない。
しかし一方、本件は、前示のとおり、被告人乙川が青葉台支店の支店長に就任した直後から、支店の個人流動性預金が急激に減少し、当時の銀行の経営姿勢等との関係からも、これが支店長としての自らの成績評価に影響することを恐れ、苦慮した結果、行われたものであり、その主たる動機・目的は、身分上の利益を図るということにあったと認められ、それ以上に財産上の利益を図る等のことがあったとは認められないこと、被告人乙川には、それが主たる動機・目的ではなかったとしても、青葉台支店の大口顧客であるCらの支店離れを防ぐとの意思があったことも認められること、昭和四七年以来、銀行の一行員として真面目に勤務し、優秀な成績を挙げてきていること、もとよりこれまでに前科前歴等はないこと、本件により銀行を懲戒解雇されるなど、社会的制裁を受けていること等の事情も認められ、これら被告人乙川に対する有利不利の一切の情状を考慮すると、被告人乙川に対しては、主文掲記の刑を科するのが相当であると認めた。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡田良雄 裁判官 池田真一及び同毛利晴光は、いずれも転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 岡田良雄)